恋かしら

まあ違うけれども。

朝起きたら、珍しくアパートの隣の家から人の声がした。隣人は生活の時間帯が私とは違うようで、よく朝に大いびきを聞かせてくれていた。それが今日は野太い声。「ここにこれ入れればいいの?」と聞いている。傍でトントントンと何かを包丁で刻んでいるような音がする。少し高めの女性らしき声がごにょごにょと答えていた。どうやら会話をしているようだ。想像するに、彼女かなんかが来て朝から料理をしていて、隣人はお手伝いをしているのだろう。

そんなことより、こんなにもはっきり声が聞こえるものだとは知らなかった。私が気持ちよく熱唱していた歌声もきっと届いていたのだろう。これからは(ちょっと)歌を自粛しよう、と反省して家を出たら驚いた。隣の家の戸は開け放たれ中はすっきり片付けられていたのだ。どうやら朝の会話は料理ではなく、引越しの準備をしていたようだ。外に出ると多量のごみが捨てられていた。今日は燃えるごみの日なのに、明らかに燃えなそうなものばかりだった。隣人が出したに違いない。

夜、帰宅すると隣室の窓にカーテンがかかっていなかった。これでもう引越しを確信した。もうあの大いびきを耳にすることも無いのだろう。少しだけ寂しくなった。そして少し怖くなった。誰もいない部屋からいびきが聞こえてきたらどうしよう。